進化

地球がいつ生まれたか

古代、東ローマ帝国が栄えていた時代はすぐに答えが出てきた。

紀元前5508年である。

 

988年に東ローマ帝国が最終採用した、世界創造紀元暦の元年だ。

神による天地創造が行われた年である。

 

1600年代になると英国国教会

紀元前4004年10月18日から24日に天地創造が行われたとして

その時から何の変化もしていないと考えられていた。

 

18世紀の 大航海時代がやってくると

神が創造をしたという一直線の体系図は限界になってくる。

様々な新生物が発見されてきたからだ。

 

天地創造説の矛盾を解決するため色々な説が出てきたが

キュヴィエが天変地異説を提唱し

天変地異により誰もいなくなったところにまた新たに神が創造したとした。

 

ダーウィンの進化論より50年も前

ラマルクにより進化論の前進というべき理論が提唱されている。

彼は 次の二つの言葉の生みの親。

「生物学」「無脊椎動物」。

 

彼は「用不用説

(生存を維持する上で最もよく使う器官は発達し進化していく、

逆に持っている器官でも活用しない時が流れれば

機能を失ってしまうという説)

及び

「獲得形質の遺伝」

(このようにして獲得した形質は生殖によって

受け継がれていく)と考えた。

 

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ダーウィンはもともと進化論を唱えていたわけではない。

父に医者になることを勧められたが身にならず、

次に父は牧師にすることにきめたが、

ダーウィンは牧師の勉強ではなく自然に関する学問、

博物学に興味を持った。

 

ダーウィンはビーグル号の2度目の南米航路調査に同行することとなり

そこで様々な発見をする。

 

ダーウィン・フィンチ

穀類を食べる小型の鳥のことをフィンチと呼ぶ。

日本ではあまり種類が分かれないが

ガラパゴスでは14種もがあり

食べ物の違いによりくちばしの形が変わっている。

 

1858年、ダーウィンは ウォレスとの共同発表という形で

進化論を公表する。

翌年、「種の起源」として持論をまとめた本を発表するが

当然、様々な反応があった。