アールヌーボーの勝利

1925年、現代装飾芸術・工業美術国際博覧会の建築。

この博覧会は基本的に工芸のための博覧会であった。

 

西洋において古代以来、工芸家

建築、絵画、彫刻に比べ、一段低く見られていた。

 

工芸家たちは芸の地位を向上させようと協会を作り

サロンに作品を出すなどの活発な活動を行った。

 

近代の建築と工芸とは密接な関係があり

ル・コルビジェのように工芸畑出身の建築家や

建築と工芸にまたがって仕事をした人も多い。

 

この博覧会はアールヌーボーの勝利として語られる

1900年以来の国際博覧会だが

会場の広さは1900年のものより5分の1強に過ぎず

来場者数も8分の1ほどであった。

 

アメリカとドイツは不参加であったが

後にアメリカは

この博覧会の内容で各地の美術館にて展覧会を行い

それはアールデコが広がった契機の一つとも言える。

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博覧会の中でアールデコの特徴を示しているもの。

 

会場入り口が15ヶ所あったがその中でも

三つの門、正門、コンコルド門、オルセー門。

四つの百貨店館、

ギャラリーラファイエット館、ボンマルシェ館、

ルーブル館、オ・プランタン館。

 

当時百貨店は自分の工芸工房を持っており

その工房での制作品を展示した。

 

共通点は複雑な形の組み合わせとその材質表面の装飾的表現で、

壁は大きな凸凹を見せており

壁や屋根、ガラス面表面はザラザラだったり

でこぼこだったりで

一つとして単純な直方体のものはないし

表面も、平滑でシンプルなものはなかった。