オーストラリアのユーカリが枯れる

ユーカリの木は乾燥に強く、成長が速い。

 

急いで林を回復したいなどの理由で

世界中でユーカリが植えられている。

 

また上質の紙が取れるため、植林されている。

 

だが大量に水を吸い上げ

葉や幹から揮発性の物質 、テルペン系の精油成分を蒸発させるなど

他の生き物にも影響を与えるので

注意が必要である。

 

元々自生しているオーストラリアでは

そのような特徴に生き物も対応している。

 

また揮発性物質のために火災を受けることも多いが

燃えても簡単にはダメにならない。

 

枯れずにまた新しい芽をふく。

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ところが

そんな強いユーカリが枯れている地帯がある。

 

なぜ枯れたのか。

 

塩の影響によるもの。

オーストラリアの内陸は、かつては海であった。

 

地下には塩分があり

その上に土が堆積して木が茂っている。

 

人が小麦畑を作るために開拓し

林をなくしてしまったところは

大雨が降ると、大量の水が低い土地へ流れ込み

地下へ浸透してしまう。

 

そして地下の塩分が地表へ上がり

それによってユーカリが枯れてしまったということ。

 

これも人の仕業なのである。

イースター島の場合

イースター島が人類に知られたのは

1722年。

オランダ人のロッゲフェーン船長率いる艦隊による。

 

モアイ像については

なぜそこに石像があるのか

誰が作ってどうやって運んだのか、謎のままであるが

その謎の調査を初めて正確に行ったのは

ノルウェーヘイエルダールという冒険家だ。

 

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転がっている像を

どうやって立てるかというのは原住民は知っていた。

だが

運ぶ方法が解明できなかった。

 

そして、なぜ運ばなくなったのか。

 

運搬には諸説あるが

運ぶ際には木や、クッションとなるトトラという

草などが必要だ。

しかしある時期、人間が増加し

森の破壊、集落間の戦いによる森の消失などにより

材料がなくなってしまったことが原因ではないかとも

言われている。

ナミビアの場合

ナミブ砂漠のある国、ナミビア

南アフリカの西北に位置する。

 

第1次世界大戦まではドイツ領で

その後南アフリカが統治、1990年に独立した。

 

国全体が乾燥しており

雨量は首都でも年間350ミリ程度である。

 

ナミビアには

隣接するアンゴラの一部にしか見られない

ウェルウィッチアという植物がある。 

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日本人はサバクオモトという和名をつけたが

キソウテンガイとも呼ばれている。

 

これは裸子植物

20から30センチ幅、長さ2メートルの葉が

のたうっている、という感じで生える。

 

木の高さは1 メートル程度、

葉は生涯、伸び続ける。

 

一番の古木は1500から2千年を超えると言われているが

この木もまた、若い木が見当たらない。

 

現在群生している所は湖だったと思われ

いまは干上がってしまっている。

 

ウェルウィッチアの根は地中に向かって

まっすぐ伸びる。

 

地下の水を吸って生きているが

近年、雨も降らない。

 

雨が降って水たまりがある時期に発芽しても

地中の水分があるところにまで根が伸びる前に

干上がってしまい

若い株が育たないのだ。

植物の次世代が育たない

マダガスカルは農業国である。

 

乾季の終わりに牛に新鮮な草を食べさせるため

野焼きを行う。

 

バオバブは樹皮表面が焦げても中までは焼けないが

そのやけどが治るまで光合成ができず

成長が鈍る。

 

最も問題となるのは若い木が火に耐えられず

焼けてしまい、育つことができないことである。

 

近年の環境の変動により

雨の量やそのタイミングが変わり

種子が水を必要としている時に雨が降らず

発芽しないということが起きている。

 

ほか、アルオウディア・プロケラも

次の世代が育っていない。

 

アルオウディアは11月くらいに種を作るが

直後に雨や水が与えられると発芽する。

 

近年、雨が降る時期にズレが生じ

12月以降となってきており、発芽が困難となっている。

 

また

人口増加により、建築材料としての需要が増え

アルオウディアの林が減っている。

 

その他、 アルオウディア林を切り倒して

サイザル麻畑が作られた。

 

サイザル麻は石油製品とは異なり

地球環境に優しいとの触れ込みだが

環境破壊の上に生産されている現状はまやかしである。

 

マダガスカルにはシファカという原猿がいて

彼らはアルオウディアの林を住処としている。

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アルオウディアの林の減少により

シファカの生活圏も減少しているのだ。

 

南アフリカは日本でもよく見かける

ゼラニウム、カラー、ガーベラやクンシラン

フリージアグラジオラス 、オキザリスカタバミ)などの

草花の故郷である。

 

そのほかアロエ南アフリカが原産だ。

 

アロエは水分をたくさん含み乾燥に強く

多肉植物として扱われる。

 

南アフリカナミビアの間にオレンジ川という

大きな川が流れている。

 

そのオレンジ川の南側に

ナマクワランドというところがある。

 

4千種もの植物が分布し、珍しい草花がたくさん生息。

 

「神様が背負った花の種が入った袋に

ナマクワランドを通過するときに穴が開いて

種が全部こぼれた」

 

そのためナマクワランドは花園となり

「神々の花園」といわれるようになったとのこと。

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ナマクワランドの主役の植物は

実は花ではなく

アロエなどの多肉植物である。

 

アロエといっても3 メートル、5メートルを超えるものもある。

日本でよく見るキダチアロエも彼の地では1メートルを超える。

 

ほか、10メートルを超えるアロエピランシーという種があるが

近年の気候変動により葉を落とし

子苗が育たない状態となっている。

マダガスカルの多様な分類群生物

近年、植物の高齢化という問題が起こっている。

地球環境の変化により

耐性の強い植物の親は何とか生きながらえても

子供はそうはいかず

親の周りに子供はまったく見当たらない、

という事態が発生している。

 

近年、日本でもそうだが

降水量の変化が見て取れる。

 

マダガスカルの場合。

マダガスカルはアフリカ大陸の南東部の

インド洋に浮かぶ大きな島国で

国土面積は日本の1.6倍。

 

この島には珍しい動物と希少な植物が多い。

 

マダガスカルは南半球のへそと呼んでもおかしくない。

古代、南半球の大陸は

マダガスカルを中心に一体となっていた 。

 

その後、大陸移動が起こり

マダガスカルだけが中心の位置を変えずに存在。

 

その成り立ちから

極めて珍しい多様な分類群生物が存在しているのだ。

 

そのひとつにバオバブの木がある。

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マダガスカルには8から9種、

アフリカ大陸とオーストラリアには1種ずつ存在するが

その中心はマダガスカルである。

 

バオバブは成長すると大木になる。

 

たとえば地表1.5メートルの高さで幹まわりが27メートル、

直径9メートルを超えるものも多々あり、

しかもそのバオバブでも、まだ成長中なのだ。

 

寿命は5千年という説もあるが、はっきりしていない。

 

ところが近年、マダガスカルには

倒れたバオバブがたくさんある。

 

なぜそうなったか。

 

ひとつには人間が

環境を変えてしまったことがあるだろう。

 

元々乾燥地に生えているバオバブの育成地を

人が水田へ変えてしまい、根腐れを起こしたりしている。

 

バオバブは落葉樹だが、日本の木と違い

夏に葉を落とす。

 

葉を落とすと光合成ができないが

長期間、痩せることもなく元気に過ごす。

 

バオバブは幹の内側に葉緑素を持った層があり

ここでも光合成を行っているからだ。

 

マダガスカルの人は

バオバブの樹皮を生活に利用してきた。

 

昔からの人達は

樹皮の「一部」を剥がし利用。

剥がしたところは10年もすれば元に戻るからだ。

 

ところが新しく移住してきた人達は

樹皮をすべて剥がしてしまう。

 

皮を剥がしたところは弱くなり

サイクロンの風圧などにより倒れてしまうのである。

秘境での帰化植物

帰化植物の侵入は、秘境でも起こっている。

 

地球最後の緑の秘境といわれているギアナ高地を見る。

ギアナ高地は北緯二度に位置し、赤道に近いところにある。

そこにテーブルマウンテン状の台地

(現地の言葉でテプイ)が広がっている。

 

といっても、非常に広い場所に点在しているという感じである。

 

ベネズエラを中心に西はコロンビア

南はブラジル、東はガイアナスリナムにかけて点在。

 

東の一番はずれはフランス領ギアナにまたがる広大な地域だ。

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 テーブルマウンテンというように

普通の山と違い、

山のへりが数百メートルから1000メートルにも及ぶ

絶壁となっている。

 

現在、ギアナ高地

樹海の中に170の台地(テプイ)が浮かんでいる状態である。

 

この170のテプイは下は暑く

樹海によって隔てられ

標高 2000メートルの台地の上は温帯である。

 

冬の夜は10度を下回ることもある。

1000メートルにも及ぶ絶壁をよじ登る動植物はなく

雨がものすごく多い。

 

年間10か月は雨のため、湿原となっており

酸性が強い。

 

このような環境により

植物が分布を広げることができず

それぞれの台地で特有の進化が起こるのだ。

 

例として、ヘリアンフォラという食虫植物。

 

これはあちこちのテプイに分布しているが

チマンタエアというキク科の属は

ひとつの台地を中心にしか分布をしていない。

 

このような土地に近年は

ヘリコプターで直接降り立つ者や登山家などにより

他の植物の種子が運ばれ

帰化植物が繁殖を始めている。

 

独自の進化を遂げている台地を汚さないように

対策をとることが必要である。

日本の孟宗竹

帰化植物の問題で

海外でのランタナの猛威について前に触れたが

日本では深刻な事態には至っていない。

 

本の森林にはまだ

あまり帰化植物が侵入してきていない。

ただし孟宗竹だけが

九州から本州にかけてものすごい勢いで侵食している。

 

竹というと

日本に昔からあると思いがちだが

孟宗竹は中国原産の植物である。

 

孟宗竹はいつ日本に持ち込まれたのか。

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いくつか説があるが

由来がはっきりしているのは江戸時代、 薩摩藩

中国から取り寄せたもの。

 

島津吉貴が鹿児島の別邸に植えたものが

その後、江戸屋敷に移され

それが各地に広がったとみられている。

 

なぜ今、猛威を振るっているのか。

 

少し前まで竹は

生活用品として使われていた。

かごやざる、家の壁、竹垣、たけのこなど。

 

これらは

高度成長や海外の材料、プラスチック製品などの台頭で

需要がなくなったからだ。

 

それにより

竹が管理されなくなり、広がり放題となってしまっている。

 

竹の根は横に広がる。

びっしりと根を張るが地表50センチ程度の浅さなので

傾斜地の場合、大雨や地震がかさなれば

地すべりを起こす危険性が高い。

 

竹は花が咲くと枯れる。

 

孟宗竹は遅い説だと120年、

早い説だと60 から70年で開花。

 

枯れた竹が回復するまでは10年から20年である。

 

孟宗竹をコントロールすることは

防災上、景観上、日本では重要な課題となってきている。