Oji’s 備忘録的 Diary

日々の読書からの備忘録です。

 ウィルスとの戦い 6

キリスト紀元の始まる頃

世界には四つの文明化した疫病常在地が存在した。

 

それぞれ風土や歴史に応じた国有の疫病を有していた。

 

その一つに中国のペストが挙げられる。

 

ペスト菌の共通祖先は中国に起源を持つ可能性が高い。

それが絹の道を通ってユーラシア大陸西側に到達した

可能性がある。

 

また明時代に実施された鄭和の大航海も

ぺスト拡大に寄与した可能性があると言われている。

 

紀元1世紀から2世紀にかけて絹の道が整備された。

 

絹の道の成立は

ユーラシア大陸の各文明が持つ原始疾病の交換を促した。

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ぺストは東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス

古代ローマ帝国の復活という夢を打ち砕く。

 

542年から750年にかけ

首都コンスタンティノープルを繰り返し襲った。

 

特に542年の大流行は、1日に1万人が死亡したという。

 

これを契機に東ローマ帝国は衰退していく。

 

同じ頃中国でも人口減少が記録されている。

 

隋が589年に405年ぶりに中国統一を果たしたが

大規模な土木事業、高句麗遠征の失敗により

30年で滅亡する。

 

その末期にぺストが流行している。

 

その後8世紀半ばまで小アジアで流行を繰り返したが

突然ペストは姿を消す。

 

750年前後から11世紀に

再びヨーロッパを襲うまで約300年間

地中海世界から姿を消した。

 

9世紀頃までには疫学的均衡も

一種の平衡状態に達したと思われたが

11世紀から14世紀にかけ再び混乱する。

 

それは急な人口増加と交通網が

急速に発達したことが原因としてあげられる。

 

交通網の発達と人口の増加は

いつの時代においても疫学的平衡に混乱をもたらす要因となる。

 

15世紀に始まった大航海、

20世紀の航空時代の幕開けも同様。

 

ペストには腺ペストと肺ペストがある。

 

一般的な病型は腺ペストと呼ばれ、

全身の倦怠感、高熱の後、腋下や鼠径部、

リンパ腺の腫脹が起こる。

 

腫脹したリンパ腺はこぶし大に膨らむ。

 

ペストによる毒素により神経系が麻痺し

意識の混濁、錯乱が起こる。

 

ペスト菌が血管により全身にまわり

敗血症を起こすと、出血性の紫斑が現れる。

致死率は50%を超えた。

 

肺ペストは腺ペストに続いて起こることが多く

皮膚症状やリンパ腺の腫脹は見られないが

血痰や喀血が見られ

無治療下での致死率はほぼ100%。

 

中世ヨーロッパでの流行の起源については

いくつか説があるが

中央アジアで発生し中国へ1334年、浙江流域で大流行。

その後クリミア半島にわたり海路、

ヨーロッパへ。

 

この流行での死者は2500万とも3000万人ともいわれ

ヨーロッパ全人口の三分の一から四分の一にも達した。